久しぶりに奈良を歩く

今日は天気もいいのでコロナ禍で外出を控えて以来、久しぶりに山の辺の道を歩きに行った。運動不足で歩くのも久しぶりなのでとても16kmは歩けないだろうと思って、まずは長岳寺までの9kmほどを歩くつもりで出かけた。


大神神社は人でいっぱいというほどではないが人はかなり見かける。お正月に使うお清めの砂を買った。

何が変わったかって、神社の手水舎がどこもすべてひしゃくを引き上げ、少し水を出すか、手を洗えないようにしてあった。そして狭井神社の御神水も今まではプラスティックのコップがいくつも並べてあって自分で洗って水をいただいてまた洗って返していたのが、小さな紙コップがたくさん並べてあって、使い捨てになっていた。


まだ数キロなので特に疲れはない。近頃ちょっと右膝に不快感を感じていたので痛くならないかと思ったが、まったく問題ない。


大神神社を離れてしばらく歩いたところに私のお気に入りの大神神社末社の貴船神社がある。ここは本当に気持ちがいい。お社の数メートル周辺がまるで別世界で、鳥が鳴き、風がそよぎ、優しさを具現化したような世界で・・・。いつまでもここにいたい気にさせられる。なんでだろうね。何がどうちがうのだろうね。この場所から空を見上げるとこんな感じ。木々が結界のように周囲を囲んでいるのだけれど、全然厳しくなくて、本当に居心地がいいんだ。


貴船神社をあとにして、いつものように檜原神社を参拝後、境内のベンチに座ってコンビニで買ったおにぎりを食べながらぼんやりここの気持ちよさに身をゆだねる。貴船神社とまったく違う気持ちのよさなんだけど、どう違うかを表現するのは難しい。自分の内側があるべきところにおさまっていく感じなんだ。

ここまではたいした距離ではない。桜井から歩いて4.5kmぐらい。とにかく天気がいいけど風があるので歩いても暑くないし、気持ちがよい。ここから数カ所迷いそうなところがあるのだが、今回は見事、そのたびに誰かが向こうから来たり、追い越していったりで正しい道を教えてくれた。1回は向こうから来たご夫婦が「この下の道を行った方がいいか?」と話をされていて、ちょうどその道を行きかけていた私は(そうだ、この道ではなかった)と気がついて間違わずにすんだ。

途中の景色で、柿がすっかり終わって葉も落ちている木々もあれば、まだ葉も柿も残っている木々もあった。稲も刈り取りが終わっているところもあれば、まだたわわに実った穂が広がっているところもあって、いろいろな時間があった。


長岳寺に着いたが、まだもう少し歩けそうだったので歩き続けた。途中から石上神宮まであと何キロと案内が出始める。あと3.5kmとあって、けっこう足が疲れてきたけど歩けない距離ではないなと思って歩き続けた。いつも休憩していた施設がお休みで、休憩なしで結局石上神宮まで行った。最後に少々きつい登り道があって、ここが一番へたれるところ。ふくらはぎや膝が痛くなるかと思っていたら、痛くなってきたのは太ももやお尻の筋肉。足の付け根も痛い。


石上神宮参拝後、天理駅までの2kmがつらいなあと思ったら、ちょうど石上神宮の前でタクシーを降りた人がいて、そのままそのタクシーで駅まで行くことができた。約14km歩いた。いろいろラッキーなこともあったし、久しぶりにしては歩けた。


やっぱり奈良は大好きだ。時間がなんかゆがんでいる感じで、とても面白い。

宙海の音(Sorami no Oto)

ようこそ、宙海の音へ。 ここは「天に在るように地にある」べく、日々暮らしながら、世界が美しいものであふれていることを記録にとどめるためのサイトです。 宙海の音とは瞑想中に出会う空間で、そこでは全ての存在がそれぞれ固有の音を響かせながら 一つの完全に美しい音としてその空間に広がっている音のことです。 どの音もすべて必要な音であり、どの音が欠けてもそれはもう宙海の音ではないのです。

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